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2005年09月29日

Yahoo!オークション(smiley編35)

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バスタオルも到着!今回はクッション。
手触りが気持ちいい~。癒されます。

投稿者 Tsuguaki : 22:46 | コメント (0)

2005年09月28日

政治の原点は教育だ!「品川区小中一貫教育要領」

政策を考える時、私はいつも学校で学んできたのかどうかを考える。友人からも言われるのだが「政治は良く分からない」「政治は嫌い」と。私自身小中高ときちんと学んでいないと考えている。一昨日、「品川区小中一貫教育要領」を学ぶ学習会に参加した(これも政治活動の一環です)。品川区独自の「市民科」を特徴とした来年度からの教育要領であるが、文部科学省の小学校及び中学校の教育要領と比較し独自点が赤字になっており分かりやすい。私の場合、親の世代が離れていたので「こんなことは親が教えろ!」という点があるが、誰かが教えなければ分からない。知ることの喜び、学ぶことの喜びを学校教育で感じ取って欲しいと思う。私が感じなかったことを次の世代は感じて欲しい。
国家百年の計を考える時、時間がかかり成果がなかなかあらわれない点ではあるが、「教育」こそ全ての原点ではないだろうか。「実学」と「教養」のどちらを優先するのか、重要視するのか今後の教育を考える時、悩む点ではありますが。
何と「品川区小中一貫教育要領」は書店で販売しています(講談社刊)。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062130327/qid=1127837780/sr=1-1/ref=sr_1_10_1/250-7284435-6568212(amazon.com)

投稿者 Tsuguaki : 01:17 | コメント (0)

2005年09月27日

「巨星落つ~佐野眞一氏が語るダイエー創業者、中内氏」の記事

http://nikkeibp.jp/wcs/leaf/CID/onair/jp/biz/399524
私は政治活動をしているが、経済学部卒。残念ながら経済の方がダイナミズムに感じる。人間の生き様、ある意味流通業界の信長だったのかもしれない。しかし今、「マジ」に生きる男が少ない。経済・政治ショウを見せられている感じがしてならない。今の日本に足りないもの、そして必要なもの、それはズバリ「任侠」だと思う。かっこいいから、憧れで考えているのではない。私は36歳(両親は戦争経験者)だが戦後60年日本が物質的に豊かになって行くにしたがって失ってきたものが「任侠」ではないだろうかと考えている。これはヤクザだけの世界だとは思わない。私も堅気(正社員のサラリーマン)ではないが。しかし、男女共同参画社会と矛盾するとは思わない。
http://www.keisho-takayama.info/column2002/ninkyodou.html(任侠道)
こういうコラムもある。差別的表現もあるかもしれないが。表面の言葉を論って本質を考えない社会ほど生きづらい社会はない。両親の世代は「第二次世界大戦」ではなく「大東亜戦争」と呼んでいた。しかし、私は警察官の孫(母方)であることを誇りにしている。私が生まれる半年前に他界してしまったことを残念に思う。賢かったが上司に食ってかかって出世しなかったとのこと。でも部下を大切にした人だったようだ。

【任侠】
弱い者を助け強い者をくじき、義のためならば命も惜しまないといった気性に富むこと。おとこ気。「―道」
[ 大辞泉より ]

投稿者 Tsuguaki : 00:45 | コメント (0)

2005年09月26日

『「郊外拡張」から中心街回帰へ 街づくりコンパクトに 政府、法改正で政策転換』の記事

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050926-00000000-san-pol
ようやく国レベルで動き出したという感じ。お金が無いときは知恵を。少子高齢化というのもあるが、少ない投資で大きな効果をもたらすことがこれからの行政に必要。行政を「民営化」することではなく「経営の効率化を民間から学ぶ」ということだろう。都市と地方の対立を煽るような最近の政治センスには疑問を呈さざるを得ない。何かがずれていると思うのは私だけだろうか?

投稿者 Tsuguaki : 10:15 | コメント (0)

2005年09月25日

Yahoo!オークション(smiley編33・34)

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レア物をWゲット!お宝求めWEB上をさまよう?スマイリーハンター!
今回はまたまた携帯ストラップとお初のバスタオル。
ストラップは今日到着。バスタオルはまだかな~。
さらに入札中(^ ^)/

投稿者 Tsuguaki : 00:03 | コメント (0)

2005年09月24日

ミニミニな世界(電話機と飛行機)

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私の部屋からの中継です。
かわいいもの好き。真ん中にあるのは青いスケルトンタイプのミニ電話機。この電話機は今月Yahoo!オークションで落札したもの。小さなプッシュボタンを押して電話をかけたり受けたりできます。かわいい音でベルも鳴ります。(モジュラージャックにつなげて、電話の下のイヤホンマイクで通話します。)
飛行機は航空会社から買ったもの(うそ!)。友達からもらいました。ジュースの景品だったようです。(あたり前ですが飛びません!)
下の白いのはカードリーダです。JRのSUICAやEdyなどの残高が確認できます。(便利!)
パソコンとADSLモデムと複合機の間に挟まれたミニミニな世界からの中継でした。(^ ^)/~

投稿者 Tsuguaki : 00:07 | コメント (0)

2005年09月23日

Yahoo!オークション(smiley編30・31・32)

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普段は帽子をかぶるのが好きではないのですが(頭が蒸れるので)、スマイリーとあれば別です。
ホームページの自分の写真もスマイリーグッズを着た写真にしようかな。
さらに携帯ストラップとウオールポケットを落札!まだまだ続きます。スマイリーハンター爆走中?

投稿者 Tsuguaki : 15:07 | コメント (0)

2005年09月22日

「国の借金、過去最高795兆円=国民1人623万円に-6月末」の記事

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050922-00000099-jij-pol
郵政民営化より大事なことがある。先進国中最悪の数字。このつけはこれから生まれてくる世代にものしかかってきます。改革はまずここから。
次の世代にどのような日本を残したいですか?政治家だけではなくみなさんも考えてみませんか。関係ないと思っている人にも無関係ではありません。

投稿者 Tsuguaki : 17:23 | コメント (0)

2005年09月21日

「<中内功氏死去>栄光と挫折の人生 ひっそりと旅立つ」の記事

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050920-00000017-mai-soci
私なりのカリスマ(ワンマン)経営者のパターン
①経営者を世襲しようとする。(会社の私物化)
②企業は社会の公器である認識が低い。(儲ければいい)
③オーナーであるが故に結果的にイエスマンしか残らない組織になる。(言うことを聞かない者はいらない)
④社員は単なる「小間使い」であり、大抵労働組合が無い(作っても潰す)。
⑤大企業になってもスタンスが「個人商店」のまま。
⑥データ分析よりも根性・熱意を重視する。(大日本帝国軍か?)
裸一貫から会社を興す姿勢は感動するものがあり、同感できることが多い。しかし、現在の大企業も昔は中小企業だったことを考えると何が違うのだろうか?私は一言「番頭(大企業になれば大番頭)」がいないことに尽きると考えている。表に立つ人もいれば裏に支える人がいて初めて会社(社会も同様だが)が成り立つ。政治も然り。
誰だって目立ちたいと考えている中であえて裏方を務めるということは尊いことである。そんな人を大切にしない組織はいつか崩壊する。組織崩壊は外的要因(同業他社)より内的要因(社員)のほうが脆いと思う。同一化を求めるより、異質なものをどこまで共有し、協調できるのか、私自身も絶えず自問自答している。

投稿者 Tsuguaki : 07:01 | コメント (0)

2005年09月19日

私のスタンス②交通について

慣れてはいるが「鉄道」の市民活動というと「趣味的」と言われることが多い。私としては確かに最初は趣味的であったと思うが、今は違う。むしろ「政治的」と言ったほうが正しい。みなさんは学校・会社・買い物・病院・旅行に行く時そして荷物を送るために徒歩・自転車・バス・電車・自動車・飛行機・船舶を使うと思います。使わない人はいないはずです。どの手段を使っていくのかが違うだけです。地方においては選択の余地がなかったり、少なくなってきている現状があります。単に郷愁として考えているわけではありません。地域・国家の明日を考える時、今あるインフラを活用し、公共投資を少なくすることが未来への世代に負担の少ない社会をつくることだと思います。それが大人の責務であると考えています。
私が選挙に立候補した原点はそこにあります。生意気と言われようが私の郷里のローカル線が廃止になったことがきっかけです。地域の明日、そして日本の明日を小学4年の時に危機感を覚えたからです。これは政治の全てではありませんが、少なくとも選挙をお手伝いしたから、議員と会ったから、勉強会に参加したから政治を考えた訳ではありません。25年間考え続けていることです。私はこの「鉄道」に生き、そして死ねたら私としての「男の本懐」であると考えています。だから、「鉄道」の市民活動をしている訳です。多くの地域の人の「想い」をしっかり認識し、明日の地域・日本を考える、まさに「政治」ではないでしょうか。各地に出かけていくとひしひしと感じます。
私が立候補してから2回衆議院選挙が行われましたが私は立候補しませんでした。政治の立場からすると活動を継続することが求められ、「常識外」の行動、あるいは活動放棄ともとれることは承知の上です。しかし、「市民主義」に立脚しない活動そして原点を失ってまで「議員バッチ」は欲しくはありません。まあ、活動するにはお金も必要ですので。しかし、有権者に媚びた政治ならやりません。
私のホームページでは「交通事業」と「政治事業」と分類していますがこれは個人活動も企業活動と同じであるという観点からこう呼んでいます。しかし「鉄道」の市民活動の立場では私は「政党人」ではありません。あくまで「中立」の立場をとります。むしろ「政治」の頼りなさを感じています。
表現が適切でないかもしれませんが、「鉄道」の「解放闘争」であると考えています。障害者や部落問題でもそうですが、長年に亘って活動してきた結果が現在の状況を形作っています。誰も見たことのない明日を確かなものにしていくために私は「鉄道」の分野において人生の全てを賭けて活動をしていきたいと考えています。それだけの価値があると私は思います。

投稿者 Tsuguaki : 00:11 | コメント (0)

2005年09月18日

【ご案内】☆全国鉄道利用者会議NPO法人化記念講演会(第2回)☆

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☆川島令三著(草思社刊)「なぜ福知山線脱線事故は起こったのか」出版記念!☆
 全国鉄道利用者会議は平成16年10月19日にNPO法人化いたしました。
 今年、福知山線におきまして脱線事故が発生し多くの乗客が犠牲になられたこと、また多くの乗客が負傷されたことを非常に残念に思います。犠牲になられた方々に対して、深く哀悼の意を表し、ご冥福をお祈り申し上げますと同時に、負傷された方々には一日も早いご回復をお祈り申し上げます。
 今回は鉄道アナリストとしてこの事故に対して多くの報道番組にコメンテーターとして出演し、解説に当たった川島令三さんから事故の問題点と地方鉄道の明日についての講演会を企画いたしました。
ご参加をお待ちしております。

☆全国鉄道利用者会議NPO法人化記念講演会☆
第2回 「鉄道復権に向けて」
日時:平成17年10月8日(土曜日)14時~16時30分
会場:文京シビックホール3階第一会議室
参加費:1000円
東京都文京区春日1-16-21(東京メトロ後楽園駅・都営地下鉄春日駅・JR水道橋駅)
講師:川島令三さん 鉄道アナリスト・早稲田大学非常勤講師・当会顧問
☆講演内容☆
1、なぜ福知山線脱線事故は起こったのか
2、地方からの挑戦!銀河線に特急を走らせよう
3、会場のみなさまと意見交換
☆お問い合わせ・お申込み☆
全国事務局(私)までメールでお願いいたします。
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 特定非営利活動法人 全国鉄道利用者会議
  事務局  原田 貢彰 はらだ つぐあき
  http://riyosha.org    smile@riyosha.org
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投稿者 Tsuguaki : 00:04 | コメント (0)

2005年09月17日

私のスタンス①政治について

よく、「秘書をやらないの?」と言われることがある。しかし、私は秘書はやるつもりはない。なぜなら、現状では単なる議員の「小間使い」でしかない。資格は持っていないが「政策担当秘書」であっても同様だと考えている。一人で「政策」が作れますか?細川内閣の時に政治改革が行われ、政党本位の政治に改革をした時に「政党」に対しての政策立案能力を高めるために政党に「政策担当スタッフ」を置くべきだったと思う。現在も「政策調査会」が各党に置かれているがこれでは不十分だ。
議員定数削減というのは政策スタッフを増やすことがなければますます官僚主導の政治になってしまう。ただし、官僚批判をするつもりはない。仮想敵をつくり、それを叩くことは安易だと考えている。要は政治がだらしないからだ。霞ヶ関改革をするのであれば、官僚の半分を政党に持ってくることを提案したい。お金も情報も握られている現状を変えない限り、そして単なる官僚の首切りでは抵抗されて結局は何も変わらない。税金の無駄遣いと言われない仕事と国民がそのような政治家を育てる土壌が日本に必要だ。
私は国民生活とずれた感覚を持ちたくはない。だから、秘書にはなるつもりはない。現在の仕事(通信会社)の経験は所得が低い面はあるが、社会をしっかり体得することからでしか人に伝えることはできないと考えているからです。また、NPO活動は政党にとらわれない市民活動として、横のつながりを持つことができ、さらにネットワークが広がっています。
当選することはないと思っていましたが、落選したことは私にとって多くの犠牲を伴うことでした。しかし、落選して良かったと思っています。政治の政界では若手がもてはやされていますが私は賛同しません。老若男女のバランスの取れた議員構成でなければ真の多様な民意の反映とは言えないと思う。みなさんでよく考えて欲しいと思う。イメージではなく本質を。

投稿者 Tsuguaki : 18:25 | コメント (0)

2005年09月12日

これからの日本政治について(案山子の反乱)

※「ムネオの反乱」(新党大地鈴木宗男代表)をパクッちゃいました。m(_ _)m
10余年前「改革」を旗印に躍進した政党があった。その名は「日本新党」(新党日本ではない)。当時、飛ぶ鳥を落とす勢いがあったこの党は今はない。当時言われたのが「日本新党であればサルでも当選できる」と揶揄された。昨日の選挙結果は「日本新党」が「自民党」に変わっただけで本質は同じではなかろうか。これまで民主党がとってきた「案山子候補」をパワーアップした「刺客候補」戦略。徹底した(と言っても郵政のみ)の「排除の論理」の候補擁立。政治に関心の無かった層へのアピール。どれをとっても「アッパレ」であった。しかし、人を育てない・育たない政治を「自民党」にも創りだしたと言える。2~3回選挙を続ければ間違いなく自民党から「政党人」はいなくなってしまうだろう。激減した民主党と同じように。郵政民営化だけの一致では収拾のつかない政党になることは明白である。
5年前17238名もの他人の私の名前を書いて頂いた皆様には今でも感謝しています。「案山子候補」の一人として今でも民主主義の重さを感じ、恩返しができていないことを深くお詫び申し上げます。(票数に1人足りないのは私が私に1票入れたからです。)思い出すと私が候補に決まった(らしい)過程は最初に某新聞社の編集部長が私の勤務先に訪ねてきたことだった。私の表の経歴には無いのですが(アルバイトだったので)大学時代にマスコミの仕事をほとんど学校に行かずにしていたので(3年程)、感覚的に「勝てないし、居残ることができない。潰される」とその時に感じていた。案の定、党内の「内ゲバ」に終始し、本当の選挙選を戦うことができなかった。所詮「社会党」から単に「民主党」と看板を架け替えただけの地方組織では全てではないが「地域」も「天下国家」を語ることができない議員がたむろしているということだった。一番許せなかったのは私を支えてくれた友人に対して議員達が延々と説教をしたことだった。10年選挙の前線に立ってきた私としては「勝ったことの無い選挙」しかしていない党人からの意見ほど無意味なものは無いと考えている。私の立候補にあたって一番お世話になった人(元議員)を私の選挙で蚊帳の外に置いたことも心底許しがたいものだった。今まで私は人を恨むことは無かったがこの件で初めて感じた。最近ようやく消えてきた。
政治は嫌な世界である、しかしこの世界、「人間の本質」が見える。ある意味楽しい。私も日本人、政策も必要だが義理人情も大事だと思う。やっぱり浪花節!案山子にも意思がある。喜怒哀楽のある人間であり続けたい。愛するふるさとと日本のために。

投稿者 Tsuguaki : 10:12 | コメント (0)